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戦慄怪奇ワールド コワすぎ! 感想

戦慄怪奇ワールド コワすぎ!を観ました。

 

この作品は「貞子VS伽椰子」などを監督した白石晃士が2012年に公開したシリーズ「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」の8年ぶり完全新作です。

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私はこのシリーズを観たくてたまらなかったんですが、私が知った時、ホラーをちょっとずつ観られるようになってきた時にはもう遅くて、近所のTSUTAYAには置いておらずどうしようもありませんでした。

したがって今作が初めての「コワすぎ!」で、なんなら初白石晃士監督作品です。(ホラーが怖いので「ノロイ」も「オカルト」も気になってるけどまだ観られていません)

そういう人間の感想ですが、端的にいうと「人生初コワすぎ!が「戦慄怪奇ワールドコワすぎ!」で良かった!」ということを書きます。

 

 

ネタバレなしの感想

 

過去作と共通しているのはメインの撮影クルーが同じというぐらいで(他にも何かあるかもしれないけど)それ以外は大きなつながりもないので、これから観ても全然問題なかったです。

予告編にも描かれているけど、「赤い女」という服も顔も真っ赤な女がナタを持って襲いかかってくるのですが、身体能力が高すぎてめちゃくちゃ速いし瞬間移動もするので怖すぎる。最初の映像が「カメラを止めるな!」でも使われていた廃墟で、昼間の撮影だから内心「見覚えのある場所で明るいからそれほど怖くないかも」と思いました。でも登場してから高速で追いかけてくる場面は度肝を抜く速さで、撮影者の気持ちになって「逃げなきゃ死ぬ!」と思わせる気迫があってよかったです。

あと途中からワンカットになるのですが、映像的にここでつないでるとしてもすごいっていうシーンが山ほどあります。ワンカットなのに場所と時間が変わっているシーンは見応え抜群なので、ぜひ観てください。

 

 

ネタバレありの感想

 

ディレクター工藤さんの時代に合ってない男性感とそれをちゃんと悪しきものとしてくれる市川さんのバランスが見ていていいですね。これがちゃんと最後にも効いてくるというか、工藤さんが悪しき男性として描かれることと、それ自体に工藤さんも葛藤があるというか、自分の感情の延長線上に悪意があることを理解しているところが良い(後述)。

オカルト研究家の場面で心霊映像フォーマットのリプレイあるのすごい良かった。ちゃんと怖かったです。吐くとこにリプレイいる?って思ったらちゃんとアカンもん映ってるとかも面白い。

上で書いたワンカットの話ですが、昼にトンネル入って真っ暗になって、赤い女が一瞬だけ出てきて、その次には夜の廃墟前がワンカットってすごすぎると思います。そこから時空を飛びまくるのもめちゃくちゃ面白い。あとそれを「マルチバース」じゃなくて「パラレルワールド」って言ってて良かったと思います。言葉への理解がある気がする。個人的に今「マルチバース」とか「世界線」って使うのは危ういというか、認識が浅い気がしていますので。

若者3人におそらく性被害があることがわかるけれど、それを怪異的な意味でも「後ろを振り返るな!前を見て、希望を、未来を考えろ!」って鬼村が言うの個人的には好きでした。こういう問題を主題に扱う映画ならもっと繊細に答えを出すだろうけど、1番直球に言いたいことを言っている気がします。どれだけ恐ろしい怪物が過去にいても未来と希望を持ち続けろって、今言いにくいじゃないですか。お前に何がわかるとか、そんなこと簡単に言うなって。でもそれで何も言わなくて、そういう苦しんでいる人を見て見ぬ振りをする方が問題だと思うんですよ。苦しんでいる人を見て、ちゃんと助けようとしてくれているというのがよかったなと思います。

一方でハルカの過去の時に、過去に干渉できるならそんな怪物はぶちのめせってなるのも良いですね。さっきのこともふまえて過去を受け入れろとは一言も言ってない。起きたことからは逃げ続けるしかないけど、起こる前ならぶち壊せっていう姿勢はかっこいいと思う。受け入れられない現実を無理やり受け入れさせるのではない。不可逆のことなら未来を見て、嫌な過去を消せるなら消した方がいいっていうのはよかった。

珠緒師匠かっこよすぎるぜ

そっからは怒涛の珠緒師匠ですけども、画面のこっちに語りかけるのなんか良かったね。未来について考えろ!もそうだけど、この人達は人の思いの強さを信じていてすごく良かったなって思う。

ラストのとこ。さっき後述にしたことで、工藤さんが自分自身の悪意みたいな存在と闘う話になるけど、その悪意を持っていることを否定しないことと、でもお前らが出る限り俺は何回でもぶっ殺すって言ったのが良かったです。工藤さんみたいな男性性は否定される時代になって工藤さんみたいな人は生きづらくなってるんだろう(それは今まで誰かを生きづらくしてたツケみたいなものかもしれないけど)。工藤さん自身は割と誰かを傷つけようと思ってそういうことしてるわけじゃなくて、コミュニケーションの仕方としてそれしか知らないって感じだと思った。他のシリーズみてないからわからないけれど。だからコミュニケーションの取り方は何度も間違えるけど、否定してくれる人がちゃんといて、自分の中にでる悪意とか人を傷つけてでも自分の快楽を優先しようとする心とは闘うって宣言したところにこの作品の良さがあるというか、優しさがあるというか。こういう男性って今まで敵として描かれてて、救われることはあまりなかったと思う。こういう人達が悪の代名詞になって、今どんなに叩いても許される存在みたいに扱われていると思う。でもそこから出たいけどどうしようもなくなってる人がいて、その人たちを救う手立てがなかったと思う。この作品はそういう、悪にされた人達が最後の一歩を踏みとどまるための映画になれると思う。

悪意が工藤さんの顔してたから、これが他の全く自分に関係のない敵ではなくて、自分の中に確かに存在する悪意になった。それは観客も同じはず。昔星野源ケンドーコバヤシの対談で、自分達は風俗に救われているという話があったけど、そういう自分と犯罪者の間には壁がないという意識をちゃんと見せている映画だと思う。テレビで見るあの犯罪者も自分の数歩先、もしくは一歩先なだけかもしれないということをちゃんと見せられた、と思う。

これは余談だけど、ハルカの同性愛者という部分が強調もなく自然と描かれていたのが良かった。物語的必然とかそんなことどうでもよくて、ちゃんと存在する人を存在するように描いているように見えて僕は良かったと思う。マイノリティを物語的に消費しないところが良いと思った。

ホラー映画とかいわゆる「ジャンル映画」にすることで、人の持つ苦しみとか社会的な問題について見やすくなると思っています。男性の加害性とか、性被害とかを直接描いた作品は数多くあって、私はそういう作品を観ると絶対に苦しくなると思います。でもそう思うからどうしても観ることを避けてしまう。避けるからどんどん敷居も高くなる。結果人の苦しみから離れていってしまう。だけどホラー映画なら、アクション映画ならまずは観ることができる。その中で知る人の苦しみは本物ではないかもしれないけれど、知らない0の状態から0.1ぐらいにはなることができる。「コワすぎ!」を観たから、自分の嫌いなタイプの「男性」や「若者」にも苦しみがあることを意識できる。それがどんな苦しみかは人それぞれだとしても、どんなに嫌いなタイプでもそこにいるのが「人間」だと意識させてくれる。そういう良さがあったと思います。

 

「コワすぎ!」シリーズもサブスク配信されているし、これから観ていきたいですね。

映画『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』公式サイト