クラゲドーナツ

クラゲドーナツは虚無の味

黒い缶

 飲み物を買いにコンビニまで来た。入店し奥の方へ真っ直ぐ進む。
 飲料の棚の前に行くと、手前から二つ目中段のあたりに真っ黒な缶が入っていた。
 近づいてみても黒としかいいようのない缶で飲み物の名前も会社名もわからない。
 周辺にあるものから判断するとどうやらコーヒーなのかもしれない。あくまで周辺からの判断なので全く違う液体が入っている可能性も十分にある。
 そのコーヒー(仮)は一つではなく、その奥にもやはり同様に黒い缶が続いていて黒い帯状にも見える。きちんと在庫が存在するれっきとした商品であるらしい。悪ふざけで在庫を抱えるにはリスクが大きいようにも思うが、このコンビニは黒い缶を売ると決心したということだ。
 僕がスリルを味わう人間であったり今販売している飲み物がこれしかないのであれば、購入するという選択肢もあったのだろう。けれども所詮ここはコンビニで無数にある商品の中の一つに過ぎない。このまま買わないでおいても明日には忘れているだろう。
 などと考えていると後ろから
「すみません」
とヒグマ(四足歩行でない)に声をかけられた。
「ああ、ごめんなさい」と冷蔵庫の前から横に移動する。
 ヒグマは会釈して例の黒い缶を手に取った。
 あまりに注視していたためか
「珍しいですよね。黒い缶」
とヒグマが言った。
「初めて見ました。中身はなんなんですか」
「ーーですよ」
「え?」
「ーー」
 なかなかうまく聞き取れなかった。僕は適当に返事をして、ヒグマはそのままレジに向かった。
 人が買っていくのを見ると不思議と興味がそそられる。自分の単純さにあきれてしまう。
 さっきまでの考えをひっくり返して冷蔵庫のドアを開けて黒い缶を手に取った。
 スチール缶らしく硬い感触で凹凸はなくのっぺりしているが、光沢は全くない。光を全て吸収して反射していないように見える。
 バーコードは見当たらないが会計が滞りなく進んでいる。128円。
 店員の声を背に聞きながらコンビニを出て、無人の駐車場でさっそくプルタブに指をかけた。軽快な音が鳴り中から無臭の黒煙がぬるりと漏れた。缶の内側も液体も黒く塗りつぶされている。中を覗けども何も見えない。
 完全な液体ではないようで、傾けるとゆっくりと缶の中を這いずり回る感触が手に伝わった。缶に口を付けて流し込むとその感触は口の中を満たしてから喉へ侵入し、胃に到達するまでその感覚を残した。
 上半身を通り抜けた液体とともにその味を理解していく
 これまで生活で使用してきた言葉をまぜこぜにして、適当に拾い上げた文字を並べて表すほうが適切な表現ができるかもしれない。ヒグマが「ーー」と言っていたことを理解した。
 私を構成する一部となった「ーー」は早々と胃から腸へ移り体内の栄養として吸収されていく。
 初めて強力なアルコールを摂取した時のようにそれが血液に流れ込み私の身体を組み替えていくことが容易に想像できた。そして身体がもう一杯求めることも。
 私はもう一度コンビニに入店して一直線に飲料の冷蔵庫を目指す。黒い缶の冷蔵庫の前立つ男が邪魔だったので声をかけ。私は黒い缶を手に取った。
 男は私が黒い缶を手に取ることを注視している。
 私は
「めずらしいですよね。黒い缶」
と言った。
「初めて見ました。中身はなんなんですか」
「ーーですよ」
「え?」
「ーー」
「ああ、そうなんですね」
 男がそう言うと私は満足して黒い缶をレジに持っていった。128円。
 店員の声を背に聞きながらコンビニを出て、無人の駐車場でさっそくプルタブに指をかけた。軽快な音が鳴り中から無臭の黒煙がぬるりと漏れた。